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江川卓、松井秀喜…怪物の対戦相手が明かす知られざる物語

Numberが選んだ甲子園の怪物たち-3

松井連続5敬遠の裏エピソード

 それは松井秀喜を連続5敬遠した1992年夏の明徳義塾にもまったく同じことがいえる。大きな議論を呼んだあの5敬遠をめぐっては、松井本人や明徳義塾の馬淵史郎監督、河野和洋投手ばかりに注目が集まりがちだ。

 しかし、『9人の怪物を巡る物語』がスポットを当てたのは、松井の後を打つ5番打者で、ある意味一番影を落とした人物となった月岩信成だった。

「当時の明徳義塾は、エースが肘を故障していたため、本来センターを守る河野選手を主戦投手にせざるを得ないチーム事情がありました。そこで、馬淵監督は、『河野の球で松井を抑えられるとしたらどのコースか』『配球はどうすればいいか』『松井と勝負できなかったら、どう星稜打線と対峙するか』など、あらゆる場面を想定して分析を行います。そうして出した結論が、松井を敬遠して『次の打者を打ち取る』という戦略だったんです」(高木さん)

 馬淵監督は、月岩の得意なコース、苦手なコース、対応できるコースを徹底的に分析。その結果、「内角高めの速球」「外角低めのカーブかスライダー」という対角線上のコンビネーションと緩急で打ち取れるという結論を得る。

 あの連続5敬遠は、単に松井という怪物に恐れを抱いたからではなく、次の打者に対する緻密な分析と戦略があって初めて成立したものだったのである。

 しかし、高校野球史に残る試合となっただけに、その戦略で打ち取られた打者にとっては、ある種の“心の傷”になったことも事実かもしれない。

「月岩さん本人も、『当時は、打てなかった自分が情けなくて仕方なかった』とおっしゃっていたそうです。打たなければ、とそればかりを考え、体が固まってボール球に手を出してしまったと。でも、このときの取材で初めて明徳義塾がそこまで自分を分析していたことを知り、『馬淵監督がそこまで僕のことを研究してくれたことが嬉しい』『僕は幸せ者だなあと思います』と……。その月岩さんの言葉が、非常に印象的でした」(高木さん)

 一方、馬淵監督も『Number』の取材に対してこんなことを語っている。「あの試合では、月岩君にしんどい思いをさせてしまった」。だから「野球から身を引いたら、女房と一緒に自動車で能登(注・能登地方。月岩氏が在住する石川県七尾市)に行きたいんですよ。そして、月岩君に会いたいんですよ」。

 怪物たちは、その人が有名か無名かを問わず、他人の人生に違った影響を与える。松井秀喜への連続5敬遠の裏に隠されたこの涙腺が緩む真実は、まさしく甲子園の怪物ならではのエピソードといえるだろう。

『9人の怪物を巡る物語』には、このほかにダルビッシュ有、大谷翔平、そして清宮幸太郎という現在進行系の怪物たちの物語も収録されている。高木さんによれば、『Number』のベストセレクションをはじめ、今後はNumber Booksの点数を増やしていく予定だという。もしかすると、次はこの3人に中田翔などを加えた怪物たちの新たな物語を目にすることができるかもしれない。

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